真の信仰 か 偽りの信仰か
信仰とは、私たちが自分で作り上げる感情ではありません。信仰とは、神の御言葉が真理であるという確信であり、神の御言葉に基づいて行動すれば祝福を受けると、堅く信じることです。
1.真の信仰は、死んだ信仰ではありません。
ヤコブの手紙2章14~17節
14私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行ないがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。15もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、16あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい。」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。17それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。
2.真の信仰は、悪霊どもの信仰ではありません。
ヤコブの手紙2章18~19節
18さらに、こう言う人もあるでしょう。「あなたは信仰を持っているが、私は行ないを持っています。行ないのないあなたの信仰を、私に見せてください。私は、行ないによって、私の信仰をあなたに見せてあげます。」19あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。
神様について悪霊どもが信じていること:
- 悪霊どもは、神様の存在とキリストが神の子であることを信じている。
マルコの福音書3章11~12節
11また、汚れた霊どもが、イエスを見ると、みもとにひれ伏し、「あなたこそ神の子です。」と叫ぶのであった。12イエスは、ご自身のことを知らせないようにと、きびしく彼らを戒められた。 - 彼らは、裁きの場があることを信じている。
ルカの福音書8章31節
悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんようにと願った。 - 彼らはまた、イエス・キリストを裁き主と認めている。
マルコの福音書5章1~13節
1こうして彼らは湖の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。2イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出て来て、イエスを迎えた。3この人は墓場に住みついており、もはやだれも、鎖をもってしても、彼をつないでおくことができなかった。4彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまったからで、だれにも彼を押えるだけの力がなかったのである。5それで彼は、夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた。6彼はイエスを遠くから見つけ、駆け寄って来てイエスを拝し、7大声で叫んで言った。「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください。」8それは、イエスが、「汚れた霊よ。この人から出て行け。」と言われたからである。9それで、「おまえの名は何か。」とお尋ねになると、「私の名はレギオンです。私たちは大ぜいですから。」と言った。10そして、自分たちをこの地方から追い出さないでくださいと懇願した。11ところで、そこの山腹に、豚の大群が飼ってあった。12彼らはイエスに願って言った。「私たちを豚の中に送って、彼らに乗り移らせてください。」13イエスがそれを許されたので、汚れた霊どもは出て行って、豚に乗り移った。すると、二千匹ほどの豚の群れが、険しいがけを駆け降り、湖へなだれ落ちて、湖におぼれてしまった。 - 彼らは、神の御言葉の力に服従する。
3.真の信仰とは
ヤコブの手紙2章20~26節
20ああ愚かな人よ。あなたは行ないのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。21私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行ないによって義と認められたではありませんか。22あなたの見ているとおり、彼の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされ、23そして、「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた。」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。24人は行ないによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。25同様に、遊女ラハブも、使者たちを招き入れ、別の道から送り出したため、その行ないによって義と認められたではありませんか。26たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行ないのない信仰は、死んでいるのです。
- 神の御言葉に焦点を置いた信仰―信仰の良さは、何に信仰の焦点を置いてるかで決まります。
私たちは、信仰に信仰を置くことでは救われません。聖書に示されているように、イエス・キリストに信仰を置くことによって、私たちは救われるのです。 - 真の信仰には、私たちの頭も心も、そして意思も必要です。
「私はイエス様がどんな方であるかを知り、このイエス様に私の主になっていただきたく思い、私はイエス様に従う決心をします。」
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