完璧ではない母親をどのように敬うか
エペソ人への手紙6:1-4
子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。2 「あなたの父と母を敬え」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、3「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする」という約束です。4 父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。
敬うことは、その人の価値を認めていると態度であらわすことです。父や母を敬うことは盲目的に従うことではありません。
あまりにも過度の依存関係にならずに、母親を敬いましょう。
母親を赦すことによって自分自身を祝福しましょう。
人は自分が赦してない人のようになります。自分が赦してない人に縛られています。自分自身と自分の子どもをのろうことになります。
赦すと、自分自身と将来を祝福することになります。
赦しとは、感情ではなく、意思の決断です。
赦すということは、母親が自分にしたことは正しい、ということではありません。
赦すことを拒むことは、神様の裁判官としての立場を自分がとっていることです。私たちはそのような裁きができる資格はありません。神様だけが持っておられます。ヘブル人への手紙10:30 「復讐は私のすることである。わたしが報いをする。」
私たちを傷つけた母親は、本当のところは何も直すことはできません。あやまってもらっても、お金を払ってもらっても、過去を直すことはできないのに、何を待っているのですか?
赦すと、時がくれば、自分が赦されていることに気づきます。
成長しましょう!母親を責めるのはやめましょう!生きた人生を生きましょう!
赦しによって、神様との親しい、そして祝福ある関係への扉が開きます。
マタイの福音書6:14, 15
もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。15 しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。
